ぎんなん拾い
 
 鐘つきの縁で親しくなったお寺のおばさんは、いつも「一人では食べきれないから」
と季節の野菜をたくさん届けてくれる。この村に身寄りの無い Iターンの私達に丹誠込めた野菜を惜しげも無く分けてくれる。
 ある日、外で遊んでいた子供達が
「おばさんが、ぎんなんたくさん落ちてるから拾いにおいでって」
と私を誘いに来た。神社とお寺の隣り合う所に大きな銀杏の木があって、まっ黄色に色づいた葉をばらばら落とすこの頃、ぎんなんもたくさん落ちてすごい匂いを放っているのは知っていたけど、果肉を落とし洗うのが大変。でも、
おばさんに誘われたんでは断れまい。
 まずこども達にも長靴を履かせた。かぶれるといけないから姉には箸、弟にはカナバサミを持たせた。私も箸とビニール袋を持って出掛けた。
 私が子供の頃、冬の夜、父が灯油のストーブの上に少し割れ目を入れたぎんなんをずらーっと並べて焼いたものだった。香ばしい匂いがすると大きな手であっちあっちと焼けて熱いぎんなんの殻をむいてくれた。焼きたてのぎんなんの実は黄緑色に透けていて宝石のようだった。そしてそれはねこの目をイメージさせた。
口に入れるとつるんとして噛めばグニューとつぶれ独特の味がする。美味しい、
けれどいつも「たくさん食べると鼻血がでるぞ。」と父が必ず言った。
 おばさんが
「落ちてから暫くした実は簡単に潰れて種も出しやすいから。」
と、コツを教えてくれた。確かに軽く踏んでも弾力があってなかなか潰れないのと、グシャとあっけなく潰れるのがあった。潰れたものの種を箸で集めていたら、おばさんは素手で
「私はかぶれないから。」
と取り出した種をどっさり私の袋へ入れてくれた。
 結局、弟が実の上にお尻をついたとか、転んだとか、大騒ぎになり退散することになるのだが、すっかりこの匂いにも慣れた私は、手袋をはめて一人再度出直して拾い足した。
 バケツでごしごし種どうしをこすり合わせて洗うと果肉が落ち白い実がたくさん残った。ザルにたくさん並んでいるのを見るとやっぱり拾いに行って良かったと嬉しくなった。残念な事にストーブはファンヒーターだが、じーちゃんのぎんなんがはぜて飛ばないように網で覆って焼く秘密兵器を使って、今宵こども達と食べてよう。 (by Yoshiko )
 
 
ヒメジオン日誌
2008年11月1日土曜日