味噌づくりも今年で3年目を迎えた。1年目は共に作っている友人が出産したばかりだった。2年目には私の父が旅立とうとしていた。
様々な思いの残る2月の味噌づくりである。今年こそは何のハンデもないと見た、師匠のNさんに自立の道を歩む事をうながされた私たちは途方に暮れた。
今までNさんにおまかせでやってきたのに、米に麹をつけて豆を煮込み樽に仕込むまでの6日間を自分たちだけで
こなして行けるのか。それとも今年はあの味噌を諦めるべきなのか。暫く答えを出せなかった。
それからNさんの作業を見学に行ったり、説明をメモしたりして、2年間の断片的な記憶を繋ぎ合わせ、作業をこなして行った。
豆20キロ袋を2つも運べば腰の筋が痛むし、米30キロも洗えば手の先が割れた。70歳代のおばさんより非力なのである。
1度は絶望的かと思われるミスをした。見知らぬ人から、麹のヒーターのスイッチが入ったままだと電話をもらった。絶体絶命と子供達を送り出してから、加工所に向う。幸い麹は無事で、米に白く奇麗に付いていた。
こうして手探り失敗を経て何とか味噌を仕込み終えた。
味噌一色の一週間を終え、もう懲り懲り。だけど
「1年経ったらまたケロッとやるんだから。」と友人が言った。確かにそんなもんだ。
味噌も2008年を共に生きている。 ( by Yoshiko )