父さんが展示会へと出かけた夜、それまで元気だった
弟がこんこんと咳を始めた。それは止まらずどんどん激しくなって、布団に入ってから気休めにと話す母さんの適当な物語も聞いていれない程。「くるしい...いきしれない」と、なまって言うのにも笑えない。
仕方ないので弟だけを階下に連れて行き、ストーブをつけた。これは2年に1度くらいおこす喘息の発作だなと思う。さてどうしようか。母子家庭の夜は私が何とかしなければ。
外は春の嵐。窓を叩く雨音にはみぞれも混じっているよう。こんな夜に病院までの山越えの道を走りたくはなかった。何とか朝を迎えられないものか。
いつもする咳止めのオイルマッサージも効かない。いよいよと保険証を出すと、保育園が配ってくれた子供の急病ガイドなる冊子がぽろりと落ちて、咳の項目を見る。
唇の色等で緊急の度合いをチェックする。その文の一番下に「咳が治まらない場合は水分を少しづつ与える。」とあまり有効そうではない1文を見つけた。少しの牛乳を温めると洗面器を抱え込んでぜーぜー咳をする弟を膝に乗せて言った。
「咳が少し治まった時にこれを少し口に入れて、のどにお薬を塗るようにゆっくり飲んでごらん。咳が止まるよ。」
弟はカップに口をつけて一口含むと目をキョロキョロさせていた。すると、あら不思議、止む事のなかった咳が治まった。また少し飲み、じーっとしていること30分、ゆっくりと立ち上がらせ、「ゆっくり、ゆっくり」と壊れ物を運ぶように布団へ連れて行くと横にさせ、隣りに潜り込んで手を繋いだ。あっけない程すぐに寝息が聞こえ始めた。夜中に何度かおこされる覚悟で寝たが、そのまま朝を迎える事が出来た。
次の朝一番に小児科に連れて行く。予想通り、点滴を受ける事になった。5歳の弟は看護婦さんが腕に針を刺し検査用の血を3本抜くのを眺め、点滴の管が繋がれると横になった。泣く事もなく。
1時間が過ぎて看護婦さんが気管支拡張の注射を手に来て
「これが痛い注射なんです」と、そっと私に告げたので、私は隠す事なく、
「すんごく痛い注射だって。覚悟しな。」と教えた。「いってーー」とつぶやく一言が、実に男になったもんだと思わせた。それからも長ーいときが過ぎるうちに弟のほっぺたはピンク色に血の気がさし、するとじっとしていられなくなった。昼ご飯すら食べずに解放されたのが2時。かれこれ5時間の拘束はしんどい。
そのあと、少し車を走らせてモスバーガーをおごった。
2人掛けの小さなテーブルに向かって、なぜか2人で並んで座り無言でバーガーにかぶりついた。
弟復活。点滴は偉大だ。
弟は家に帰ると宿題をする姉に背後から抱きついて甘えた。
「しゅくだいするの!」
と、邪険に振り払われても、早速遊んでもらうつもりの弟であった。 ( by Yoshiko )